ステキな4コマ

毎日更新。実家の茶の間のようなコンテンツを発信。

「生活感のあるやる気」の話

大好きなNiziUが、さる3月3日の「徹子の部屋」に出た。特別に愛を注いでいるリーダーのマコちゃんは、かっこいい系のレディーとへとまぶしく成長している。番組では9人の韓国での生活ぶりや成長など、和やかなトークが展開された。うふふ。

NiziUは韓国で9人での共同生活を送っており、洗濯や掃除などもルールがある。この話に差し掛かって「そうだ私も洗濯しなきゃ」と思って洗濯機を回した。このように「NiziUがやっているなら俺もやる」の精神で頑張っている。

帰省(宮城)から東京へ戻る移動はつらい。そんなときは「NiziU LOG」などの動画コンテンツを見て「NiziUもあの若さで単身韓国で頑張っているのだから私も東京へ渡るぞ」と自らを奮い立たせている(良い話か情けない話か分からん)。

聖飢魔IIも大好きなのだが、デーモンがお洗濯や掃除に言及することがあまりないため、生活感のあるやる気はNiziUからもらっている。ほかの好きな芸能人が渋めなので、こんなに露出が多くコンテンツがいっぱいあるのはNiziUがはじめてだ。妹とライブを見に行きたいねと話しているが仙台ですらチケットは取れん…。ごきげんよう~

イタチが屁をこくという大発見

今日は得意分野のオナラの話。その日、さすがに野球に興味がない私でもWBCを見ていた(ルールはわからん)。オーストラリア戦で、大谷翔平が自分で打って自分の看板にホームラン打球を当てていて感心した。最後に1点だけオーストラリアが取っていたので「オーストラリアの最後っ屁だな」だと思った。

直後、「なんで最後の反撃がよりによってオナラなんだ!」と思い、由来を調べた。オナラといえばスカンクだと思ったのだが、調べてみると、屁をこいているのはイタチらしい!これはオナラブログとしては聞き捨てならない!スカンクじゃねーのかよ!

味わいのあるイタチ

と思ったが「スカンクは日本にいないじゃん」と母につっこまれる。そうか、諺の元ネタにならないか。よくよく調べると、なんとスカンクもイタチ科らしい。あのへん一帯がオナラをする種族ということだな。

重ねて衝撃だったのは、イタチを駆除する人は最後っ屁の実害を被っているということ。最後っ屁にはなんか刺激物などが入っているので目をやられたりもするようだ…。こんな発見があるとは、たまには野球も見てみるものだ。無関係の大谷翔平にオナラが飛び火しとるけど。ごきげんよう~

↓以前のオナラ記事

ベローチェってなんだよ!

今日はカフェの話。父から母に、もしスタバに寄ったら「カフェベロナ」を買ってきてくれと依頼があったらしい。そこから名前が似ているベローチェに飛び火した。

まずベロナってなんだよ!という話だが、ヴェローナという都市(ロミオとジュリエットの舞台)をイメージしているらしい。まあ、なんてロマンチックな!私はこういうロマンチックなのを期待したのよベローチェに。そしたらベローチェはなんとイタリア語で「迅速」という意味だった。まさか「お客様のために」みたいな感じで名付けられていたとは。もっと気取った由来かと思ったのに。たとえばベローチェという名の人物とか元ネタがあるのかなと思っていたのに…

納得できない私は「ベローチェという女神がいて…」という自分の本来の印象(=妄想)を形にするべく、流行りのAIに絵を書かせた。AIに仕事を奪われるという話もある世の中だが、まったくAIと競合しない絵を書く私はAIに無茶振りしてこき使っている。そのうちウォシュレットみたいに反乱されるかもしれない。生成されたの画像は↓の通りである。おお、これぞカフェの女神ベローチェ!(?)

AIが生成したカフェの女神「ベローチェ」

そこから私が全身を書き足したのがこれ↓(ちょっと怖かったらごめんなさい。)明らかに真・女神転生の影響を受けている。腕が書かれていなかったので、マネキンのトルソーみたいな感じとバレエの感じにした。女神ということで、ボッティチェリ(先週図書館で画集を見た)とかの感じで乳房も。なんかベローチェの言葉の意味どおり「速」が高そうだな。

AIの絵をもとに私が書いたカフェの女神「ベローチェ」

こんな感じで、カフェの名前でえらく楽しんだ。それにしてもベロナとベローチェって似てそうだけど全然意味がちがうことに驚きだ。同じイタリア語だなのに。でも「うんち」と「運賃」くらい違うようなもんだな。最低なたとえである。よく見ている店名の由来って普段意識しないが、意外とこんな話があって面白いのだ。ごきげんよう~

歩きについての雑談

運動が嫌いな私が唯一する運動は歩き!ということで本日は、歩くことについての話を。

階段のニッチな悩みについて

ニッチな悩みだが、昔、階段のときは足を斜めに乗せて昇り降りしてしまう癖があった。かかとが引っかかったり、つま先が引っかかって転ばないようにするため、足の床への接地面積を大きくしようと斜めに足を乗せていたのだ。特に最近のナイキのスニーカーは、かかとの部分が大きく出ているのでひっかかりはしないと気にしながら階段を下りたりしていた。しかし、そうやって登っている人が私以外にいないことに気付き、この癖は修正できた。

最近のナイキのスニーカー

昔はかかとの高いブーツとかも履いていたが、階段がかかとの高さだけ過酷になるのよね。凹んでいるところを引っ掛けてのぼると楽だなんて言われるけど、そんなんできるかい!転んで一番下まで落ちるわ。

マグロのように歩くことについて

今は、特に休日で歩けるときは14,000くらい歩く(Apple watchを歩数計にしている)。屋内商業施設を2周3周は当たり前。なぜそうなるのかというと、基本的に列に並ぶことが嫌いなのと歩きながら考え事をしているので、常に歩いている状態になる。さらに、トイレに数人並んでるだけでもしびれを切らして別の階のトイレに移動したりするので、自然と歩数が稼げているようだ。常に移動しているところなど、まるでマグロのようである。基本的に喫茶店でしか止まっていない私であった。ごきげんよう~!

「おくすりのめたね」CMの衝撃音(?)について

おくすりのめたね」のCMが最近よく流れている。おそらく季節の変わり目で風邪などが増えるシーズンなのだろう。今日はこのCMについての話。私がツボっているところがあるのだ。まずはこの動画の冒頭約3秒を見てもらいたい。

わずか冒頭3秒、「おくすりのめたね♪ \ドォーーン/」とともにCMが展開するのだ。この\ドォーーン/って音が、衝撃音みたいな、幼児がおくすりを飲むシーンに一見ふさわしくない効果音である。これがツボなのだ。おくすりゼリーでやさしく包み込むのにドォーーンってあんた…。この音の取り合わせの不思議さに魅入られてるのが私だけじゃないと思いたい。

更に不思議なのが、この音がまた、わりとかっこいい属性の音なのだ。普通のJ-POPでも使ってそうな。「ただの子供向けと思うなよ」みたいな意図もあるのかもしれない。実際、大人も使っている(私の妹)。粉薬や顆粒が苦手で、これを使っているらしく、大絶賛なのだ。

この絶賛を受け、私も「おくすりのめたね」の使用を検討している。ときどき便秘に悩み、出かける前日は酸化マグネシウムを飲んでいる。効き目が穏やかなので、出先で垂れちゃつた(夏目漱石)する心配がないのだ。だが、いかんせん飲みにくくてまずい(非常に溶けやすいことに由来)。そこで「おくすりのめたね」と一緒にしたら飲みやすいんじゃないかと言うことになったので、ちょっとやってみようと思う。

こうして話にあがって利用してみようとなるのだから、このCMはとても良くできているのだなあと感じる。なんと、保管や持ち運びに便利なスティックタイプも出たらしい。私が買うならこっちかなあ。ごきげんよう~ ♪\ドォーーン/

鳥は、意思疎通ができなさそうなところが可愛い説

今回は独自の学説(?)を。私は動物の中でも鳥が好きなのだが、鳥のかわいいポイントは「意思の疎通ができなさそうなところ」にあると思っている。気まぐれな感じとか。鳥のイラストの目にハイライトが入っていると、なんか意思疎通できそうになっちゃうのでなんだか別物に感じるのだ。可愛さのカテゴリが違ってくるのかな。

目のハイライトって大事なポイントだからアニメでも表現に使われるよね。ハイライトがない時は敵で、味方になると目にハイライトが入るとか、正気を取り戻すと目にハイライトが入ると言う表現はよくある。プリキュアとかで

トリちゃんに話を戻すと、鳥は飯と寝ぐらのことだけを考えていそうなのがかわいいのですな。そこでご覧ください!私が考えるかわいいトリちゃんの絵はこんな感じだ!

ゴイサギの絵

これは三渓園というなんか立派な庭に遊びに行った時にいたゴイサギの絵どす。ここで鳥にえさをあげたのだが、カモはえさを食べるが、ゴイサギは食べなかった(小魚を食べるため)。そういうミステリアスもあり、何を考えているのかわからない、この無愛想なところがたまらんのです。とてもピンポイントなこだわりの話でした。ごきげんよう~

太陽の放射線状のアレの話

朝に散歩に出たときに天気がいいなと思って撮影したら、太陽が漫画のような放射線状のアレになった。丸書いてまわりに線を引いたような。太陽ってほんとにこうなっているのかと感心した。漫画でもこう書かれているだけのことはあるんだなあ。

近所の公園の太陽

これを見て、以前書いた太陽のイラストのことを思い出した。この天気のイラスト表現も多くのところでされているけど、最初に放射線をとんがりコーンみたいにした人がいると思うと感慨深い。太陽の表現は結構多様だと思った今日このごろ。ごきげんよう~

タオル・毛布のタグが苦手な雑談

今回はあまりにもピンポイントな「きらいなもの」の雑談を。

私はマーク(タグのこと)が苦手。毛布にタグがあるほうをわざわざ足元に持っていかないとくつろげないので余計な一手間がかかる。昔はタグを見かけると、ばーちゃんや母に切ってもらっていた。切り口に白いのが残っているのも嫌だったりする。恐怖の足跡みたいな感じで。

実家の毛布のタグ

食事中にこのタグが見えると、飯がまずくなると考えていた。毛布や布団や服についているタグも極力切ってもらったりしていた。ばーちゃんは「メーカーものを着ていると思うとご飯がおいしくなるのに何で切るの」と言われた。なんてデリカシーのない(当社比)!あと、「メーカーもの」というセリフに時代を感じる。

端っこが浮いていないタグの方が相対的にマシである。隠してほしいことに変わりはないが、布団の右下とかに「ローズ毛布」とか得意満面で書いてあるようなやつはまだ大丈夫。ブランドのしるしのようなものは、かろうじてなんとかなる。バーバリーみたいなブランド系いただきもののやつはデザイン性が高いのでOK。↓こういうやつ

とにかく、白い布がピラピラしているのが嫌なのよね。1番苦手なのが安っぽいタオル(だいたいトイレか雑巾ゆき)のタグで、シンプルに「合格」とかいうハンコが押してあるやつ。不合格に決まってんだろバカヤロー!洗濯したら色ハゲてきて本当に合格取り消しになるし。というわけで、嫌いなものがあまりにもピンポイントなのでなかなか共感が得られない私。ごきげんよう~