ステキな4コマ

毎日更新。映画感想と日記の日替わり(ネタバレあり)。

ちびまる子を見習え!「窓際のトットちゃん」

まずこの絵面だとジブリ映画と勝負しなければいけなくなるけど、そのへんは大丈夫なのかしらね。さらにカメラワークがいわゆる昔話のそれで、事実を映していくだけなのよ。何かを掘り下げたり引き立てたりすることがない。

窓ぎわのトットちゃん

ならばキャラクターの動きで魅力が際立っているかというと、そうでもない。トットちゃんの落ち着きのないところとか、普通と変わっているところの描き方が普通すぎて全然際立っていない。テンプレ通りの「変わってる子」。少なくとも娯楽映画を見慣れている人にとって「意外な動き」と言うのは1つもなかったわ。一応、変わり者だから学校を追い出されてトモエ学園に転入するって言う話なのよね。

さらに致命的なことに、トットちゃんの空想で表現されるメルヘンなシーンが大したことがないのよ。作画する人が0から作らされたのかしら、かわいそうに(超過激派)。せめて見たことのあるランドマークや知ってるものを模して表現すればいいのに、動物と言う概念だけが描かれていて全然ときめかない。これについては初期のちびまる子のOPを見習えとしか言えないわね。

トモエ学園では小児麻痺で足が悪い子が登場して親しくなる。ここまでで言える事は、昔話なら絵本でやれや(過激派)ということだわね。これは映画なのだから。ここまで何も意外なものが登場しないのはかなりやばい。特に学校は電車の中で授業をすることや校長先生の人柄といった魅力的な要素があるはずなのに、この映画を見ている限りでは全然夢を感じない。

トットちゃんと足の悪い子の関係性についても描写があっさりしすぎている。木登りで差し出した手を取るシーンがあっさりしていて、大きな意味がないように見える。そのくせ、登ってはしごが倒れた後にセミが空へ飛び立つシーンだけ無駄に長かったりするんだよね。誰かが嬉し泣きしてるシーンがあったんだけど、そのカメラワークもへたくその一言に尽きる。悲しくて泣いてるのと全く同じカメラワークで演技だけが違っていて嬉し泣きを表現すると言っても映像には限界があるわよ。

話は戦争へ進んでいくんだけれども、質素倹約だとか父が軍歌の演奏を依頼されて断るだとかしている。そんななか突然足の悪い子が亡くなるんだけれども、それでようやく話が引き締まってくる。でもそれって当たり前のことよね。逆に言うと「人の死を持ってしか物語を引き締められない」ということになるわ。

徐々に戦争の現実を提示するようにカメラワークが変わっていくけれども、物語が引き締まるまでがあまりにも遅すぎたわね。自宅が取り壊されて疎開して電車からかつて学校の窓から見たちんどん屋を見て終了よ。校長先生は空襲にあう校舎を見ながら新しい学校の構想を考えていたという。実質一番魅力的な主人公は校長先生なのよね。

原作を読んだことがないけれども、原作を映画にするときに何か抜け落ちがあるように感じるのよ。まるでアナログデータをダビングするときのように。その抜け落ちが甚だしい可能性があるわね。黒柳徹子がこんな表現にとどまっているとはとても思えないのよ。そういう意味で原作再現性と娯楽映画としての側面を見たときに、この映画はダメな映画(★☆☆☆)と言わざるを得ないわね。ごきげんよう〜